「食」と「運動」を通じて輝く人生設計に寄り添います

私がパーソナルトレーナーを志した理由

私がどのような経緯でパーソナルトレーナーになったのかをお話しさせていただきますね。
長くなりますが、私のセッションを受けようか迷っている方は参考にしていただければ幸いです。

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母から学んだ食の大切さ

私は、静岡県浜松市で生まれました。
建築事務所を営む父と専業主婦の母の長女です。
父はとても優しく、怒られた記憶は一度もありません。
私が幼いころに一級建築士として独立し、会社を営んでいます。
母は専業主婦で、身体のことや食べるものには人一倍気を遣う人です。
祖母も同じように気を遣う人だったので、母はその影響を受けているのだと思います。
どんなに忙しくても、朝早くから家族全員分のお弁当を作り、家に帰ってくるとよく手作りのおやつがありました。
食材も、無農薬の野菜や、添加物の使われていない調味料などを選び、家族の健康のことをいつも考えてくれていました。
買ってきたお惣菜が出てきた記憶はほとんどありません。
私が健康で、大きな病気や怪我もなく今まで生活してこられたのは、母のおかげだと思っています。
そして、食べたものが体を作りあげていくということ、食の大切さを、幼いころから自然と教えてくれたのは母でした。

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バレーボールが教えてくれたサポートする楽しさ

私は小さい頃から運動が好きでした。
小学4年生の時、友人に誘われ隣町の少年団でバレーボールを始めました。
それが楽しく、大学卒業までの13年間バレーボールを続けました。
その13年の中でも、高校での部活は「サポート役の楽しさ」を教えてくれました。
私の入学した高校のバレー部は県大会では常に上位、東海大会で準優勝もするチームでした。
同級生は、中学で静岡県の選抜チームだった実力のある人たちばかり。
私はレギュラーメンバーになりたくて、とにかく与えられた色々なポジションに全力で取り組んでいました。
そんな中、徐々にピンチサーバーとしての出場機会が増えていきました。
その時に私は、「何でも頑張ってレギュラーを目指すのはやめよう」と考えるようになりました。
ピンチサーバーという役割だけに徹したほうが、チームの為にも、自分の強みにもなると思ったのです。
と言っても、部員が少なく、ピンチサーバーだけでなく、レギュラーチームの練習相手としてアタッカーをすることもあれば、誰かが怪我をした時に代わりをすることもありました。
なので私は、サポート役として与えられた役割に徹し、そこに全力を尽くそうと思いました。
それからは、ピンチサーバーとして常に試合に出場する機会をもらうことができました。
時には思うようにいかない時や、怪我をしてユニフォームすら着られない時もありましたが、みんなの支えもあり、ピンチサーバーとして、最後まで試合に出続けることができました。
バレーボールは私に、自分が得意なことをすることが、チームメイトの為になり、自分の喜びにもなるということを教えてくれました。
同時に、「メンバーが全力を尽くせるようにサポートすることの楽しさ」も教えてくれました。

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姿勢が相手に与える印象について学んだ大学時代

高校卒業後は、神戸の女子大に入学しました。
神戸と言えば、「オシャレな街」というイメージ通り、大学には可愛くてオシャレな子が沢山いました。
私は、高校で部活一筋、髪型はベリーショート、身体はトレーニングでがっちり体型。
オシャレとは無縁の生活を送っていたので、周りと自分を比べて落ち込むこともありました。
そんな時に、エアラインの授業を受けました。
先生は、ANAのVIPの担当をしていた元客室乗務員の素敵な方でした。
背も高く、スラリと伸びたキレイな姿勢が印象的で、初めて目にした時の衝撃は今でも覚えています。
教室に入ってきただけで、廊下を歩いているだけで、カッコいい…!と思わせるオーラがありました。
いつ見ても堂々とした立ち姿で、姿勢が崩れることはありませんでした。
授業では、「姿勢」が相手に与える印象を変えるという事、見た目や仕草の重要性、ホスピタリティ(おもてなし)についても学びました。
この出会いと姿勢の学びは、私のトレーニングに影響を与えた一つのきっかけになりました。

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就職先で感じた仕事への価値観

大学卒業後は、「人間尊重」という企業理念に惹かれ、浜松の本田技研工業㈱直営のカーディーラーに入社しました。
入社後7カ月は店舗で接客をしていましたが、その後、本部の総務課に異動になりました。
給与計算や健康保険や福利厚生の手続き、健康診断の管理などの従業員のサポートをする仕事です。
人のサポートをすることは好きだったので、総務課の仕事は嫌ではありませんでした。
ただ、ほとんどの仕事が書類やメールでのやり取り。
黙々と仕事をこなす、毎日同じことの繰り返しの日々でした。
そして、給与計算や健康保険の手続きは完璧にできて当たり前。
人に喜ばれることはほとんどありませんでした。
そんなある日、「総務の仕事なんて変わりはいくらでもいる」と言われた事がありました。
ショックでした。
その一言がきっかけで、私の人生、本当にこのままでいいのかな…とよく考えるようになりました。
そして次第に、私でないとできない仕事で、お客様に直接喜んでもらえる、直接笑顔が見られる仕事がしたいと強く思うようになりました。

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パーソナルトレーニングを始めたきっかけ

総務課に異動してからデスクワークになり、私の体重はどんどん増え、気付けば過去最高になっていました。
制服のサイズも徐々に上がっていき、最終的には13号にまでなりました。
そして、服屋さんに入るだけで、店員さんに「太った人入ってきたな」って思われないかな、「試着したいけど入らなかったら恥ずかしいな」と思うようになり、服を買いに行くのも嫌になりました。
歩いているだけで「太いって思われないかな」と人目を気にするようになり、猫背も目立つので、だんだん自信もなくなっていきました。
それでも、何とかしなきゃ!という気持ちだけはあったので、エステに通うことに。
最初は順調に痩せていき嬉しかったのですが、次第に、夜ご飯をシェイクに置き換えるやり方、寝ているだけで楽に痩せるという、後々エステに依存しなければいけないやり方に、違和感を覚え、根本的な解決にならないと思い、途中で解約をしました。
その時点で3キロほど痩せていたましたが、5キロリバウンドしました。
その7か月後、結婚することになったのですが、この過去最高に太った体型でウエディングドレスを着るなんて、恥ずかしすぎる・・・と真っ先に思ったのを覚えています。
ウエディングドレスを試着しに行った時の、体型の醜さは今でも忘れられません。
そして、今度は何かに依存して、楽をして痩せるのではなく、自分のためにも自分が努力して痩せたいと思い、パーソナルトレーニングに通うことを決めました。

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「心」も変えてくれたパーソナルトレーニング

パーソナルトレーニングでは、週1回のトレーニングに加え、食事の見直しもしてもらいました。
すると、徐々に体重が減り始め、半年後の結婚式では、理想の体型でドレスを着ることが出来たのです。
その後もリバウンドすることなく、トレーニングを始めて1年後には、-9.3キロになっていました。
更に、悩みだった猫背も改善され、デスクワークで困っていた肩こりもいつの間にかなくなっていたのです!
トレーニングをコツコツ続け、痩せる食事を毎日積み重ねていくことで自分を変えることができました。
そしてその過程は、私に自信を与えてくれました。
ネガティブだった心を、前向きに、積極的に変えてくれました。
当時は痩せるために必死でしたが、今思えば、週1回のパーソナルトレーニングは、「自分に自信を持てるようになるための、自分のための時間」でした。
自分のために頑張りたいと思えるものができたことで、日々の生活にメリハリが生まれ、毎日が充実しました。
そして、パーソナルトレーニングで体も心も変わったことは、自分だけでなく家族にも喜ばれました。
「やっぱり笑っているほうがいいよ!」「猫背で自信なさそうだった時とは大違い!」とよく言われ、私が幸せでいることは、家族も幸せにするのだなと感じました。

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事務職からなぜパーソナルトレーナーに転身したのか?

結婚式後もトレーニングを続けるうちに、自分を変えてくれたパーソナルトレーナーという仕事に興味を持つようになりました。
パーソナルトレーナーという仕事はお客様と1対1で、直接エクササイズの指導をします。
そして、お客様が健康で、充実した日々を過ごせるようにサポートし続けるお仕事です。
直接お客様の笑顔が見られて、健康面のサポートができる。
過去の私のように、体型がコンプレックスで自分に自信が持てない、もっと自分のために頑張りたいけど何をしたらいいのか分からない…と悩む女性の役に立ちたい!と思い、トレーナーを志すようになりました。
私は、パーソナルトレーナーは、人生を変えられる仕事だと思っています。
それは、私自身が、パーソナルトレーニングで身体と心が変わり、更には人生が変わったから言えることだと思っています。
「福利厚生も充実していて、給料も悪くないんだから、辞めないほうがいいよ」「いい会社で働いて結婚して、今のままでも充分幸せじゃん」と言われたこともありました。
でも、一度しかない人生、絶対に後悔したくなかったし、自分のやりたいことは自分で決めたいと思いました。
自分の経験を生かして、体型や健康面に悩む人の役に立ちたい。
過去の私のように悩んでいる人のサポートをしたい。
そう強く思ったのが、私が事務職からパーソナルトレーナーに転身した理由です。

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私のトレーナーとしてのミッション

私がトレーナーとして独立してから3ヶ月後、父が心筋梗塞で倒れ、病院に運ばれました。
それと同時に糖尿病と診断され、数週間入院をしました。
「父が倒れたから病院に行って」と電話で聞いた瞬間、涙が出てきました。
幸いにも命に別状はなく、今は普段通りに過ごすことが出来ていますが、会社を経営していたため、その間の仕事はストップしました。
また、退院後も運動・食習慣を改めなくてはならず、常に食べるものに気を遣う生活になりました。
私が「健康な身体がなければ、やりたいことは何もできない」と心から感じた出来事でした。
私が現在トレーニングを教えているのは、主に40代の様々なお悩みを持った方々です。
運動経験がゼロで不安、仕事が続くとすぐに疲れてしまう等、それぞれに悩みがあります。
一方で、そういった方には目標もあります。
身体を引き締めて自信を持ちたい、いつまでも若々しくキレイなお母さんでいたい、子供と全力で遊べる体力がほしい、元気に一生大好きな仕事を続けたい。
それを叶えるために、私と一緒に運動に取り組んでいます。
私は身体を引き締めるためにパーソナルトレーニングを始めましたが、結果的に健康的でやりたいことに挑戦できる、前向きな心と身体を得ることができました。
太っていた頃の生活習慣を続けていたら、エネルギーも湧かない疲れやすい身体で、ネガティブで何かにチャレンジする勇気もないままだったと思います。
長生きできたとしても、やりたいことができなければ、人生楽しくありません。

何もしなければ、体力や気力は下がる一方です。
私は、運動を通して美姿勢で引き締まったボディラインを作り『女性がいつまでも元気に、やりたいことにチャレンジできる身体作りをサポートしたい』と思っています。
お子様やご家族がいらっしゃる方は、自分の為に時間とお金を使うなんて…、子供のお金と時間を奪ってしまうのではないか…と思われるかもしれません。
それだけ、ご自身の時間を家族のために尽くしてこられたのだと思います。

でも、そんな女性にこそ、パーソナルトレーニングで、自分のための時間、自分だけの時間を作ってもらいたいと思っています。
それは、家族のために、子供のために、そして自分のために、何かしたいと思った時に、自分が健康でなければ何もできないからです。
子育てが落ち着いたと思ったら、介護が始まったり、孫ができて忙しくなったりと、女性は休む間もなく動き続けなければなりません。
30代、40代の頃から運動を始めれば、引き締まった身体で、いつまでも美しく元気に、やりたいことにチャレンジできる身体になります。
それが将来に繋がっていきます。
過去の私のような、体型のせいで疲れやすい、自分に自信も持てずにやりたいことにも躊躇してしまうような人を、私は減らしたいと思っています。
そして、運動を通してもっと人生を楽しめる人を、増やしていきたいと思っています。

私はそんな想いから、パーソナルトレーナーとして『女性がいつまでも元気に、やりたいことにチャレンジできる身体作りをサポートする』というミッションを掲げて、日々お客様と向き合っています。

以上が、私がパーソナルトレーナーを志した理由です。
長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

クビレと美背中で颯爽と歩けるカラダを作る
メリハリボディプランナー 山本恵

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